無気力OLが24時間テレビを観てSexyZoneに感化された話

24時間テレビ

正直、物凄く苦手だった。

 

何故、この障がいを持った方々は、

辛い思いをして何かにチャレンジしなきゃいけない?

何故、この暑い中、

過酷なマラソンを走り抜けなきゃいけない?

 

感動したでしょ?

あなたよりも厳しい状況下で、運命を呪わず、こんなに頑張っているんだよ?

感動しちゃったでしょ?

じゃあ募金してね??

 

安くて下品な言葉で言うところの

「感動の押し売りをした、偽りの慈善番組」

だと思っていた。

 

だから、2018年の年明け。

我らがSexyZoneのメインパーソナリティーの就任が発表された時も、

 

「遂にうちの子らが大人の偽善の餌食になる時が来たか・・・」

 

と、嬉しい半分、心配と懸念半分で素直に喜べずにいた。

 

 

 

それでも、企画が一つ一つ発表されていくにつれ、

SexyZone一人一人、

そして他のパーソナリティーや

一般の方を含めた出演者の方々の、

チャレンジにかける真摯で、純粋で、まっすぐな想いや、

血の滲むような過酷な努力を目にするにつれ、

私の穿った考えも、少しずつ感化されていった。

 

 

そして本番当日。

 

Twitter片手に視聴して、

武道館に募金にも行き、

 友人とホテルで鑑賞会。

夏のお祭り騒ぎを十分に堪能した。

 

でも、単なるいつものお祭り騒ぎとは少し違ったかもしれない。

 

 

Twitterでは、24時間リアルタイムで一緒に泣いたり笑ったりする

日本中の、顔も知らないSexyLoversとの一体感を感じたり、

オタク外の方とも感情を共有することで、自分の知り得ない新たな学びを得て。

 

武道館では、長い長い列に並ぶ、

SexyLovers以外の沢山の老若男女を目にして、TVの影響力に驚愕して。

 

TVでは、一点の濁りもないSexyZoneや、他の出演者の方々の

美しい涙や笑顔を何度も目にして。

 

 

そして、想像以上に

「出演者は何故、それに挑戦したいのか」

「挑戦して何を得たいのか」

「タレントは何故、それを支援するのか」

という部分が丁寧に描かれていて、

時には作りこまれたVTRやナレーションでさえ描けないような真髄も

出演者やタレントの、

一点の偽りも無い表情やリアルなコメントに現れているのを見て。

 

ああ、24時間テレビって、決して感動を押し売りしている訳ではなく、

携わっている人たちが本気だからこそ、

感情が動かされてしてしまうものだったんだなと、

私がそれまで抱いていた24時間テレビのイメージは

間違っていたのかもしれないと、

いつの間にか考えを改めている自分がいた。

 

確かにそれをTVというメディアで延々見せつけて、

何になるのかと問われれば、答えの出ない部分もあるけれど。

それでもきっと、

本質を知らずに批判的な印象を抱いてしまうことは

つまらないことだ。

 

それを先頭に立って教えてくれたのは、やはりSexyZoneだった。

 

彼らはまだまだ若い。

しかしジャニーズという日本有数の芸能事務所で、

各々10年近くもアイドルとして活動をしてきた

プロのエンターテイナー。

「こなす」ことも「上手くやる」ことも、

やろうと思えば簡単にできたはず。

 

でも彼らはそれを選ばなかった。

 

泥臭く、未熟ながらも、

考えながら、その場で感じたことを、

アイドルではなく、

一人の人間として、

精一杯伝えていこうという決断をした。

それこそが、観る者の胸を強く打つと知っていたからだろう。

 

 

大人になればなるほど、

「上手くやること」

だけが求められる気がして。

「失敗」や「容量の悪さ」は悪だと刷り込まれて。

気づけばなんとなく、毎日をこなすだけになっている。

 

そりゃ私達も、全く頑張っていない訳ではない。

毎日仕事にだって行っている。

家族の為に家事をしている。

行きたくない学校にも通っている。

 

でも何かに自分の人生を注いでいるのか?

自分のやってきたことで、自分と誰かが笑顔になれているのだろうか?

誰かの役に立てているのだろうか?

人から受け取るもので幸せになるだけでなく、

自分で自分の人生を生きて、幸せに生きているのだろうか。

 

自分の人生になんか何の意味もないような気がして、

上手くいかないのは自分のせい、、或いは誰かのせいにして

まあ仕方ないって逃げて、

どうでもいいやって妥協して。

適当に稼いで、アイドルを見て幸せだって思えればいいやって

自分の人生の幸せすら誰かに委ねて。

 

そんなつまらない人生を送っている自分が無性に情けなくなった。

 

 

 

勝利くんが最後に言った

「パパとママ、産んでくれてありがとう」。

 

「育ててくれて」でなく「産んでくれて」と言ったのは

彼が

「この世に存在しているだけで感謝すべきこと」

だと知っていたからなのではないかと感じた。

 

障がいがあっても。

彼らのように美しい見た目でなくても。

もう若くなくても。

環境に恵まれていなくても。

どんな人も、考え方と生き方は自分で決められる。

その生き方で、

幾らでも誰かの人生を変えられる。

自分の人生も変えられる。

 

そんなことを24時間テレビ、そしてSexyZoneのメンバーから学んだ気がして、

明日からは、もっと自分の足で生きていこうと思った。

 

 

 

「愛は地球を救う」

 

 

アイドルみたいな恵まれた環境の奴に言われたって

微塵の説得力もない。

そんな言葉で片付けてしまうのは、もったいないんじゃないか。

 

一度、彼らのように本気で自分の足で生きてみたら。

 

愛で地球を救えることの意味を、少しは分かるようになるのかもしれない。